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chapter,4 + 4 +

last update Date de publication: 2026-05-11 11:14:31

「救われないふたりを見守るだけの簡単なお仕事」

 半月前に亜桜雛菊と逢ったという楢篠天はそう言って、わざわざ加藤木に伝えてきた。なぜか、茜里第二病院の裏手にある薬草園の門前で。

「コデマリがジユウとの間に子どもを作ったら、私が堕胎することになっていたの」

「え?」

「そうならないように、ふたりをはなればなれにさせたかった。コデマリはジユウが兄であることを知って嘆き悲しんで車に飛び込んだ」

 まるで見てきたことのように口にする天は、残念そうに微笑む。

「だけどジユウは、彼女を救うために自分が進もうとしていた道をねじ曲げてしまった」

 あの交通事故後の彼の奮闘ぶりを見ていた天は、計り知れない彼の狂気に怖気づいた。彼女のためなら生命すら削る、己の信念すら曲げかねない彼のどこまでも一途な姿を、はやく崩さないといけないと思っていた。けれど天はギリギリまで我慢した。

 ふたりが許されざる関係だということを伝えたのは、彼女が転院してから。

「絶望するかと

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  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,4  + 5 +

     話は天が訪れる一週間前まで遡る。  医療行為と称した調教を受けていた小手毬に、月経が再開したのだ。  このことを知らされ、瀬尾をはじめとした茜里病院の人間は彼女が“器”としての役割を担えると判断、一ヶ月後に茜里第二病院からの退院が決定した。 転院を決められたときも突然だったが、退院もずいぶん早く決まったのだなと小手毬は驚いている。  一緒に付き添ってきた陸奥と加藤木も小手毬が退院することで元の勤務先へ戻ることが決まったが、退院日までは陸奥も小手毬がいる第二病院の病棟で過ごすことを許可された。すでに身体的な痛みはほとんどないという小手毬に麻酔を与える必要もなかったが、加藤木とともに話し相手に甘んじている。  月のものが再開したことで、小手毬の医療行為も一時的にストップした。だが、退院前までには身体を慣らす必要があるからと、彼女はふたたび病室で瀬尾ひとりによる処置を受けることが通達された。雨龍と陸奥はお役御免らしい。狸と呼ばれる茜里病院の院長が何か感づいたようだと雨龍がこぼしていたので、きっとそうなのだろう。「退院後は亜桜家に戻ることになるのか」 「赤根一族がそう簡単に手放すとは思いませんけどねぇ。いまのところ諸見里本家は彼女に興味を抱いていないとはいえ、“器”になる準備が整った彼女のことを知ったら動き出すかもしれません。その前にジユウくんに略奪させればいいだけのことです」 「加藤木、お前……」 「ミチノク先生は彼に託すまで守ってくれれば充分です。これは、わたしのエゴでしかありませんから」 シワひとつない白衣を着た加藤木は陸奥に確認をした。旧来からこの土地で密かに継承されている“諸神信仰”の歪な輪廻から、次の“器”に選ばれた亜桜小手毬を逃すため。愛するひとのために自死を選ぶことすら厭わなかった彼女を生かした医師たちにできることは、彼女が真の意味で幸せを掴めるよう、掬い上げることだ、と。 禁忌とされる運命に抗うことは不可能のように思えるが、加藤木は視野を拡げればまったく問題ないとあっけらかんと言葉を紡ぐ。すでに“諸神信仰”を盲信していた指導者、桜庭雪之丞は死に、後継の椅子は空のままだ。蘭子は亜桜家との関係

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,4 + 4 +

    「救われないふたりを見守るだけの簡単なお仕事」 半月前に亜桜雛菊と逢ったという楢篠天はそう言って、わざわざ加藤木に伝えてきた。なぜか、茜里第二病院の裏手にある薬草園の門前で。「コデマリがジユウとの間に子どもを作ったら、私が堕胎することになっていたの」 「え?」 「そうならないように、ふたりをはなればなれにさせたかった。コデマリはジユウが兄であることを知って嘆き悲しんで車に飛び込んだ」 まるで見てきたことのように口にする天は、残念そうに微笑む。「だけどジユウは、彼女を救うために自分が進もうとしていた道をねじ曲げてしまった」 あの交通事故後の彼の奮闘ぶりを見ていた天は、計り知れない彼の狂気に怖気づいた。彼女のためなら生命すら削る、己の信念すら曲げかねない彼のどこまでも一途な姿を、はやく崩さないといけないと思っていた。けれど天はギリギリまで我慢した。  ふたりが許されざる関係だということを伝えたのは、彼女が転院してから。「絶望するかと思ったけど、逆に闘志を燃やしちゃったみたい」 何を言っているのか理解できない。加藤木は門の扉を開けて彼女に問う。「鍵、持っていないんですか」 「渡しちゃった」 泣き笑いの表情で、弱りきった天が告げる。このひともまた、幼い頃から“諸神信仰”に人生をぐちゃぐちゃにされたひとり。  加藤木は「仕方ないですね」と天の手をぎゅっと握る。とつぜん手を握られた天は怯えた表情を浮かべている。「ナラシノ先生は亜桜雛菊が怖いのね」 「加藤木先生には、わからないわ」 「わかりたくもないわぁ」 加藤木に逢いに来た天は、小手毬の身に危険が迫っているとわざわざ伝えてきたのだ。亜桜雛菊のもとで諸見里自由が匿われており、彼は彼女の奪還を狙っていると。律儀だなと、加藤木は苦笑する。「わたしは亜桜雛菊が何者か知らないもの。けれど、ジユウくんが彼女の支持を得てことを起こしたというのなら、こっちも考えていたことがあるの」 「何を考えているの?」 「ナラシノ先生は救われない

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,4 + 3 +

     地域医療センターで初めて見た亜桜小手毬は、十八歳には見えないほど幼く、庇護欲をそそる少女だった。  二年近い昏睡状態から目覚めた彼女のリハビリは長期間に及び、加藤木をはじめとした整形外科医、リハビリテーション医、PT(理学療法士)などがつきっきりになって指導した。その結果、杖があれば車椅子から降りて歩くこともできるようになった。  転院が決まってからはしばらく車椅子での移動がメインだったが、いまはなるべく自立歩行したいという本人の希望もあって、加藤木が傍にいるときは杖も持たせず手すりと自分の腕を止まり木にさせている。「コデマリちゃんは、ここから逃げ出したいと思ったことはないのかしら」 「この状況でですか? 逃げたところで逃げる場所もないのに?」 瀬尾や陸奥の施す医療行為について小手毬は当然のように受け入れている。転院前のような自傷行為を行うこともなく、素直に身を委ねているところを見ると、間違っているとはいえ彼女の安寧を脅かそうとしている自分の方が悪者のように思えてしまう。「それに、あたしが逃げたところで、別の“器”が神降ろしをすることになる」 「そうかしら」 「ユキノジョーは、“諸神様”の加護をめいいっぱいもらったけど、“器”となった“女神”が偉大だったからだ、って」 亜桜家の養女として、幼い頃から“器”となることを定められていた小手毬は、見たことのない母親に想いを馳せる。  彼女は母親が雪之丞と近親相姦によって産まれたことを知らない。けれど、諸見里自由が自分の異父兄であることは理解している。  小手毬が交通事故に遭う前日に、楢篠天が真実を電話で伝えたのだという。自由と小手毬の仲を引き裂くため。「禁忌を犯すことは許されないって、アカネ……ナラシノ、が言ってた。彼女はジユウお兄ちゃんがおかしくなるのはあたしのせいだって、ユキノジョーが死んだのならとっとと“器”になって次代の“神”を産み落とした方が楽になれる、って」 「ナラシノ先生はあっちがわの人間だからね」 転院初日に院長室で天と対峙した加藤木は彼女の窶れ具合に驚いたものだ。本人は何食わぬ顔をしているが、“女

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,4 + 2 +

    「――血は争えない、ってか」 「そうねえ、亜桜雛菊と桜庭雪之丞も異父姉弟だったみたいだし」 「どこで知った?」 「瀬尾先生が誇らしげに教えてくださったわ。あの宗教家先生は近親婚を賛美してらっしゃるみたいね」 「あの男の妄言に耳を傾けるな。痛い目に合っても知らんぞ」 瀬尾は赤根一族の四季を統べる“春“の傍系にあたる。“諸神信仰”にも篤く、“女神”を赤根一族の栄華のために留め続ける使命を胸に法律すれすれのことを担っている。次の“器”となる小手毬を処女のまま快楽漬けにしようと画策している不気味な男だ。  だが、小手毬は彼にされるがままになってはいるが、心は別の場所にあるように感じられる。現に――……「亜桜小手毬は諸見里自由を求めている。瀬尾や陸奥による医療行為を受け入れてはいるが、彼女がふたりを選ぶことはないだろう」 「医療行為、ね。だから手を出さないの」 「彼女は“器”ではない」 「まだ、でしょう?」 「お前はどう考えている? 彼女は望んでその身をまだ見ぬ男へ捧げようと健気に生きているが、それは彼女の心を殺すことにならないか」 「そりゃあねえ。コデマリちゃんの抱える闇の深さを覗いちゃったら、助けてあげたいとは思うけど、外部の人間が簡単にどうこうできるものでもないでしょう?」 「今ならまだ間に合う。陸奥先生にも協力を仰げないか」 「ミチノク先生に?」 「“器”になる前の彼女を殺してしまえばいい。そうすれば得体のしれない加護を欲しがる奴らから彼女を守れるし、俺たちも“女神”を巡るバカバカしい騒ぎから強制退場することが可能だ」 「殺す……あ」 さらりと提案された物騒な言葉に、加藤木はいっとき硬直するが、意図を汲んだのか、くすりと笑う。「そうね。それこそ彼女が望んだこと……か。だけど、ウリュウ先生はそれでいいのかしら」 「俺は生まれつきこの土地にいるが、幼い頃から“諸神信仰”って奴が苦手でね。天のように素直に信じられねぇんだよ。神仏に祈る気持ちもわからなくもないが、それで人間を傷つけるようなら本末転倒じゃないか?」 「同志!」 「はぁ?」 「この閉鎖された不気味な空間にいるにも関わらず、正常な思考を保っていらっしゃるあなたの本心が聞けて安心しました。わたしはコデマリちゃんが幸せになってくれればそれでいいんです」 「いや、俺はただ桜

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,4 + 1 +

     緑生い茂る雑木林で生命の限り鳴きつづけ、地面に堕ちた大量の蝉の死骸を一瞥しつつ、加藤木羚子はつまらなそうに言葉を紡ぐ。「諸見里本家は“女神”の加護を奪われたから没落した? それは結果論でしかないわ。ウリュウ先生、あなたがコデマリに“何もしていない”ことを知っているんだけど、その理由をうかがってもよろしいかしら?」「見当はついているだろうに」「ですけど、先生の口から直接お聞きしたいんですよー」「それを聞いてどうする」「この膠着状態を打破するための道しるべを探ろうかと」 先程まで無愛想だった表情に微笑みが浮かぶ。何か良からぬことを考えている加藤木の言葉の前で、赤根雨龍はふん、と鼻を鳴らす。「確かに俺は亜桜小手毬の担当医として一番近い場所にいる。だが、彼女が“女神”の“器”として覚醒し、審判の日を迎えるまでは手を出すつもりはない」「審判の日?」「ああ、継承と称した方がわかりやすいか。諸神信仰では女神の血筋と彼女を器にする権力者の結び付きを深め、神降ろしを行う祭りというか、儀式のようなものがある。その日を彼らは審判の日と呼んでいる」「まるで因習村ね」「似たようなものだ。地方都市でも隠された伝承や信仰は残っているし、そういったものにすがろうとする人間がいるのはいまに限ったことではない」「赤根一族に、諸見里、ほかにもコデマリちゃんを狙っている輩がいるってこと?」「いや。“器”が不安定ゆえに“女神”はまだその存在を秘匿されている。旧知の諸見里と亜桜家を生み出した桜庭、あとは一部の赤根の四季たちだ」「ふうん。いまのうちに囲い込みしようってわけ」「だろうな。諸見里本家が亜桜雛菊の件で女神にこっぴどく裏切られているから」 そのことなら加藤木も調査済みだ。“亜桜雛菊”という名の先の“器”――小手毬を産んで以来、姿を消した偉大なる“女神”の“巫”――彼女は一度、諸見里の家に嫁いだにも関わらず、桜庭雪之丞のもとへと走ったのだ。そのときに産んだ男児を置き去りにして。 その男児が、分家に引き取られた――諸見里自由だ。 加藤木は女神に裏切られて没落の道を辿っている諸見里本家からあえて離れた分家に入れられた彼が、亡き祖父にたいそう可愛がられていたという情報を手にしている。“諸神信仰”を幼い頃から肌で感じていた彼は、自分が女神の落とし子であることを知らないまま、

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 16 +

    「――来ると、思ったわ」 「なぜ、ここに」 遠くから見てもわかる美貌は、涼しげな美人と言われる天よりも鋭く、冷ややかですらあった。天が子どもの頃から変わらない化け物じみた美しい女性は、驚く天の前で、くすくす笑う。「ここはね、ユキノジョーが残してくれた、あたくしだけの場所。ランコですら知らない、隠された遺産のひとつ」 「……ひとつ、ということはまだ、隠されているものがあるわけ」 「そう。貴女が唆しておかしくなっちゃったあたくしの息子とか」 「やっぱり」 自由の行方については特に心配していなかった。諸見里の家に戻るか、彼女に匿ってもらうか、そのくらいしか選択肢がないと思ったからだ。「けど、心外ですね。ジユウがおかしくなったのは私のせいじゃないですよ」 「もともと、と言いたいのかしら。おかしいのはコデマリちゃんだけでよかったのに」 ふふふ、と少女のように微笑む年上の女性を前に、天は訊ねる。「“諸神”の“女神”の欠けた“器”……雛菊さんは」 「いまのあたくしは菊花。諸見里雛菊は死んだことになっているわ」 「そうでしたね、亜桜菊花さん」 たんたんと診療を行うように言葉を並べる天にじろりと睨まれても、菊花は動じない。面白がるように彼女に近づき、細い指で顎を掴む。「な」 「ひづるちゃん」 「……やめてください」 「アカネの家から貴女が出ていったと知ったときは、拍手喝采だったけど。けっきょく情を捨て去ることはできなかったのね。残念だわ」 「き」 「しょせん、あの狸の娘でしかなかったのね。コデマリを生け贄に、すべてをなかったことにしようとして。いけない子」 「じゃあ、どうすればよかったんですか……っ!」 この土地に脈々と連なる因習は、肌から離れない。“女神”に糾弾されて、天の瞳から光が消える。「茜里の鍵を渡しなさい……そう、いい子ね。それから、あたくしの可愛い子どもたちのことはもう、放っておきなさい。貴女の役割は、不要よ」

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   閑話 Love Anesthesia ~ i f ~ (1)

    これは、本編とは異なる世界線で繰りひろげられたかもしれない物語。設定上本編とはリンクしておりませんのでご了承ください(とはいえ一部ネタバレ注意?)。 幼い小手毬視点で物語が進みます。彼女に手を焼くミチノクにご注目ください。   * * * * * 失恋の痛みをなくすお薬をください。  ずっと、ずぅっと暖めていた大切な気持ちを全部、なかったことにできるような。  綺麗過ぎて触ることさえ躊躇われた硝子の造花のように、脆くて結局手を滑らせただけで割れて、砕けて、壊れてしまった恋心を、一瞬で消してしまえるような。  彼方と出逢った事実を記憶の外に追いやって、何事もなかったように今日もい

    last updateDernière mise à jour : 2026-04-03
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 11 +

     身体を傾けた小手毬を守るように、陸奥が動いていた。 「――危ねえな」 「ミチノク……」 「無理するな、って言ってるのにこれかよ」 「……近い、よ」 「その前に言う言葉があるだろ」  無様に床に倒れ込むと思っていたのに、素早く前に現れた陸奥が小手毬の身体を抱きとめて毒づいている。  白衣を着た彼に抱きしめられた小手毬は心臓が暴れているのに気がつかないふりをする。  「……ごめんなさい」 「違う」「え」

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-25
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 9 +

       * * *  高次脳機能障害、というのだそうだ。  小手毬は早咲の説明を耳元に留めつつも、ふわぁあと大きなあくびを零してしまう。「脳内にある血管に障害が起きたり、頭部に外傷を負った際の脳損傷が起因? しているんだっけ」 「そうだよ。あなたの場合、事故で頭を強くぶつけたことが原因になる」 「うん」 「ときにそれは神経・知的機能障害と呼ばれることもあるし、ひとによっては記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害なんてものがついてくることもある」

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-24
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 3 +

       * * * 「ふぅん。それで、キミはどう思ったんだい?」 「どうにもこうにも。オレはあくまで看護師であって、医者ではないからなんとも」 「医者である私がいいと言ってるんだ。言いなさい」 「天は強引だなぁ」 病院内の食堂で、ピンクの白衣を着た女医と、看護師の男性が並んでいる。ふたりの名札には「楢篠」の文字。彼らが夫婦であることは周知の事実だ。  今日の定食のおかずであるブリの照り焼きに箸をつけながら、楢篠天ははぁと溜め息をつく。  病院というのは意外と出会いの少ない職場

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-21
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